この記事を読むと、次の3点が分かります。AIが投資で得意なことと苦手なこと、「ケリー基準」という賭け金の考え方、そしてAIに売買を任せる前に決めておきたい線引きです。結論から言うと、AIは「何を買うか」より「どれだけ張るか」でつまずきやすい、というのが公開調査の示すところです。
※本記事は公開資料の整理であり、特定の投資を勧めるものではありません。
AIが証券口座に近づいている
2026年8月、ドイツ・ミュンヘンのオンライン証券スカラブル・キャピタルが「Agentic Investing」を開始しました。ChatGPT、Claude、Grokといった対話型AIを口座につなぎ、自然言語で分析や発注ができる仕組みです。同社は欧州の銀行として初の取り組みとしています。接続には、AIと外部サービスをつなぐ標準規格MCPが使われています。
報道によれば、発注や積立の設定は、実行前に利用者が承認する設計です。AIが支払いや出金をすることはできません。同社の預かり資産は600億ユーロ超とされています(出典:Fortune https://fortune.com/2026/08/26/scalable-capital-claude-chatgpt-traders-bank-invest/ 、同社ニュースルーム https://nl.scalable.capital/newsroom/agentic-investing )。
AIが売買に関わる時代に、AIの判断のどこを信じ、どこを疑うべきか。手がかりになるのが、資産運用会社エルム・ウェルスの調査です。
上位2モデルは多くの人間より成績が良かった
エルム・ウェルスの「Crystal Ball Challenge」は、2008〜2022年のうち、雇用統計やFRBの発表などを含む値動きが大きい側の上位半分の日から無作為に選んだ15日を使い、前日付のウォール・ストリート・ジャーナル1面だけを読ませて取引させる実験です。結果は伏せられており、S&P500構成銘柄と30年国債を、レバレッジ込みで100万ドルの模擬資金で売買します。
約200回の模擬取引で、人間の参加者より多い資産で終えた割合は次のとおりです。
- Claude:76%
- ChatGPT:63%
- Grok:51%
- Gemini:43%
この数字は張り方の結果も含んだ成績です。売買の方向が当たった割合は別に示されていて、Claude 60.7%、ChatGPT 54.3%、Grok 48.8%、Gemini 42.3%でした。調査者は、ClaudeとChatGPTは多くの人より市場の方向をうまく当てたと述べています(出典:Elm Wealth https://elmwealth.com/ai-trading/ )。
問題は「どれだけ張るか」だった
同じ調査で、4モデルとも賭け金が過大だったと報告されています。株式に平均7〜12倍のレバレッジをかけ、日次の値動きの大きさ(ボラティリティ)は20〜40%に達しました。エルムはマートン・シェアを基準に、日次の値動き7.5〜15%を適正な範囲としています。
調査者は、AIはコイン投げのような単純な賭けなら適切な張り方を説明できるのに、株や債券の売買ではその知識を結びつけられなかったと述べています。知っていることと、使えることは別だということです。
平均の最終資産にも差が出ました。Claudeは約259万ドルで最も良く、ChatGPTは約147万ドル、Grokは約97万ドル、Geminiは約49万ドルでした。開始時の100万ドルを下回ったのはGeminiだけです。方向がある程度当たっていても、張り方次第で結果は大きく変わります。
ケリー基準とは何か
ここで出てくるのが「ケリー基準」です。1956年にベル研究所のジョン・L・ケリー・ジュニアが論文「A New Interpretation of Information Rate」(https://archive.org/details/bstj35-4-917 )で示した考え方で、勝つ確率と配当が分かっているとき、資産の何割を賭ければ長期の資産成長が最大になるかを計算します。経済学者ロバート・マートンの連続時間モデルは、これを株式投資に当てはめたものとして知られています。
要点は3つです。
- 優位性が小さいほど、賭けは小さくします。
- 賭けすぎると、当たっていても資産は減っていきます。
- 優位性の見積もりがズレるほど、理論値より控えめに張るのが安全です。
たとえば「6割勝てる」と思っても、その見積もり自体が間違っていれば、理論値どおりに張ると、見積もりが外れたときの損失が大きくなります。AIは自信に満ちた文章を返しますが、その自信と、実際に取るべきリスクの量は別物です。
失敗パターンは3つに整理できる
調査から読み取れる、AIに売買を任せたときの典型的な落とし穴は次の3つです。
- 方向に自信を持ちすぎて、ポジションが膨らむ。
- 理論を説明できても、具体的な売買の金額に落とし込めない。
- 的中率が5割を切ったGeminiは、張りすぎも重なって約49万ドルまで減った。調査者は、Geminiが賭け金を9割減らしていればわずかに利益が出たと試算しています。
なお、エルム側は、位置取りの原則を書いた同社の書籍を読ませると、各モデルのリスク感覚が大きく改善したとも報告しています。AIの弱点は固定ではなく、教え方で変わる余地があるようです。ただし、これは模擬取引での話であり、実際の運用で同じ改善が出る保証はありません。
AIに任せない領域を先に決める
では個人はどう使うべきか。次の線引きは、公開調査の内容から導ける実務的な考え方です。
- 任せやすいこと:ニュースの要約、論点の整理、候補の洗い出し。
- 任せにくいこと:1回の取引で資産のどれだけを使うか、損失の上限、レバレッジの有無。
賭け金の上限は、AIに聞く前に自分で決めておきます。「1銘柄は資産の何%まで」「失ってよい額はいくらまで」を紙に書いておき、AIの提案がそれを超えたら却下する。これは、調査で見られた「張りすぎ」に対して個人でもできる歯止めになります。Agentic Investingのように承認が入る設計でも、承認する側が数字の基準を持っていなければ、ただの追認になってしまいます。
まとめ
AIは成績で多くの人間を上回ることがあっても、賭け金の調整では危うさが残る。これが今回の調査の示すところです。ケリー基準は難しい数式に見えますが、中身は「確信があっても張りすぎない」という考え方です。AI時代の投資では、判断を任せる前に、自分の上限を決めておくことが最初の一手になりそうです。