効率化を進めているのに、なぜか新しいものが生まれない。そんな違和感を抱える方に向けて、この記事では「ざらつき(違いや摩擦)をあえて残す」という考え方を整理します。読み終えると、効率化してよい部分と残すべき部分を分け、人が交わる場を設計する5つの原則が手に入ります。

「ざらつき」とは何か:効率化がならしていくもの

ここでいう「ざらつき」は、意見の食い違い、手間のかかるやりとり、役割に収まらない人の癖など、数字にしにくい違いや摩擦のことです。本記事での呼び方であり、定義が定まった学術用語ではありません。

会議を短くする、手順を標準化する、AIで下書きを自動化する。どれも合理的です。ただ、均すほど「想定外の組み合わせ」が起きる余地も減ります。効率化は悪ではなく、効率で測れない価値を同時に守る設計が要る、というのが出発点です。

データと共創:数字は現場に返してこそ生きる

データ科学者で慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏は、「共創」を軸に活動してきた人物です。Business Insider Japanのインタビュー(2020年6月30日公開)によれば、28歳のとき心臓外科のデータベース分析に関わり、統計の解析だけでは現場の協力が得られないと感じて、患者の医療の質向上という位置づけに変え、解析結果を現場へ返す方針をとったと語っています。またコロナ禍では、現場の人々と価値共創しながら未知の課題に取り組んだ経験が生きたとも述べています。

ここから言えるのは、データは単独で価値を持つのではなく、異なる立場の人と交わる中で意味を持つということです。この記事の「ざらつき」という言葉は、このインタビュー内には出てきません。宮田氏の発言と結びつけて論じるものではなく、あくまで共創の視点から筆者が整理した概念であることを明記しておきます。

出典: Business Insider Japan「【慶應大医学部教授・宮田裕章2】研究室から医療現場へ」

老子に学ぶ:空っぽが働きを生む

古代中国の思想書『老子』(道徳経)の第11章には、有名な一節があります。三十本の輻(や)が一つの轂(こしき)に集まる車輪は、中心の空所があるから車として働く。粘土で作る器は、中のくぼみがあるから器として働く。戸や窓を開けた部屋は、中の空間があるから部屋として働く。そして「有が利をもたらし、無が働きを生む」という趣旨で結ばれます(原文は「故有之以為利、無之以為用」)。

つまり、詰め込まずに余白を残すことが、働きの源になるという発想です。なお「無用の用」という言葉は『荘子』に由来するとされ、老子第11章と重なる考え方として並べて語られることが多いものです。老子の生涯や成立年代には諸説があり、確定していない点も付け加えておきます。

出典: Chinese Text Project「道德經」

摩擦を残す場をつくる5つの原則

以上を踏まえ、効率化と両立しながら「ざらつき」を残すための原則を5つにまとめます。ここからは上の2つの視点を踏まえた筆者の提案であり、実証された方法ではありません。

  1. 全部を最適化しない:議事録の整理など定型は効率化し、企画の初期の雑談など「何が出るか分からない時間」は削らない。
  2. 違う立場の人を同じ場に呼ぶ:現場、数字を扱う人、外部の人を同席させる。同質のメンバーだけでは摩擦は起きません。
  3. 結論を急がない余白を予定に入れる:老子の空所のように、アジェンダの外に十分な時間を残す。
  4. 数字は必ず現場に返す:分析して終わりにせず、立場の違う人の反応を受け取って次の問いに変える。
  5. 違いを「ノイズ」と呼ばない:外れ値や異論を、まず情報として受け取る。扱いにくさを理由に排除しない。

まとめ

効率化は私たちを助けますが、均した先に「新しい何か」が自動で生まれるわけではありません。データを現場に返して共創につなげる姿勢と、空所が働きを生むという老子の知恵は、どちらも摩擦や余白を価値に変える方向を指しています。まずは来週の予定から、削らない時間を一つ決めてみてください。