職場や友人関係で「嫌われたくない」「受け入れてもらえているだろうか」と気になり、疲れてしまう。この記事を読むと、アドラー心理学の考え方を3つの壁に整理して、他人の評価に振り回されにくくなるための視点を持ち帰れます。後半では、平安の清少納言と江戸の近松門左衛門という二人の書き手の仕事も、人間関係を眺める手がかりとして取り上げます。参照するのは公開されている解説や書誌情報で、断定できない点は「とされています」と書き分けます。
前提:アドラーと『嫌われる勇気』
アルフレッド・アドラーは、国立国会図書館の書誌情報によれば1870年生まれ、1937年没のオーストリアの精神科医です。ウィーンでフロイトの精神分析協会に加わったのち、学説の対立から離れ、自らの理論を個人心理学と呼びました(国立国会図書館サーチ)。
この考え方を日本で広く知らせたのが、岸見一郎さんと古賀史健さんの『嫌われる勇気』です。ダイヤモンド社の記事では、国内で300万部を超えたと紹介され、「目的論」「課題の分離」「トラウマの否定」「承認欲求の否定」といった教えが挙げられています(ダイヤモンド・オンライン)。ここでは、このうち人間関係に直結する部分を3つの壁として読んでいきます。
壁1:他者からの評価に依存する生き方
最初の壁は、「相手にどう思われるか」を行動の基準にしてしまうことです。上の記事が挙げる「承認欲求の否定」は、まさにここに当たります。
認められたいと思うこと自体は自然です。問題になるのは、評価が自分の行動を決める唯一の物差しになってしまう状態です。評価は相手の頭の中で起きていることで、こちらからは直接変えられません。変えられないものを基準にすると、気持ちは相手の機嫌次第で上下し続けます。
最初の一歩は、「今日、自分は何をしたかったのか」を基準に戻すことです。会議で意見を言う、頼まれごとを断る、といった場面で、「どう見られるか」の前に「自分は何を望んでいるか」を一度だけ確認します。評価を無視するのではなく、判断の順番を入れ替えるのがポイントです。
壁2:課題の分離という考え方
2つ目の壁が「課題の分離」です。一般に、ある選択の結果を最終的に引き受けるのは誰かを基準に、自分の課題と相手の課題を切り分ける考え方と説明されます。相手が自分をどう評価するかは、相手の課題です。自分の課題は、誠実に伝えることや、自分の仕事をやり切ることのほうです。
注意したいのは、これが「相手を突き放す」ことではない点です。検索で確認できた範囲では、著者の二人は、課題の分離は対人関係の出発点であり、境界線を引いて終わりにするのではなく、対話を通じて必要なら共同の課題へ育てることが大切だと語っています(ダイヤモンド・オンライン 掲載の記事の紹介にもとづく)。
たとえば、同僚が自分の提案を気に入らなかったとします。提案の質を上げるのは自分の課題ですが、相手が気に入るかどうかまで背負う必要はありません。そのうえで、「どこが合わなかったですか」と尋ねて話し合いに入れば、課題が共同のものに変わります。分けることと関わることは両立します。
壁3:共同体への貢献という視点
3つ目の壁は、視点を「自分がどう扱われるか」から「自分は誰に何を差し出せるか」へ移すことです。アドラー心理学では、これを共同体感覚という言葉で説明します。ある解説では、アドラーの関心は前期の「劣等感の補償」、中期の「権力への意志」を経て、後期に「共同体感覚」へ移ったと整理されています(ITmedia ビジネスオンライン)。
日々の暮らしに落とすと、難しい話ではありません。誰かの作業を手伝う、情報を共有する、感謝を言葉にする。こうした小さな貢献は、「受け入れられたい」という不安を、「役に立てている」という実感に置き換える働きをします。受け入れられているかを確かめ続けるより、自分から差し出すほうが、気持ちは安定しやすいとされています。
清少納言の観察眼:機微は「見る」ことで読める
ここからは、歴史上の書き手の仕事を借ります。清少納言は中宮定子に仕えた女房で、『枕草子』では「をかし」などの言葉を用いながら、身の回りの事物や人の振る舞いを鋭く観察して書き留めたと解説されています。女同士の本音と建前、恋人との駆け引きといった人間観察も、現代の解説書で取り上げられています(ダ・ヴィンチWeb)。
この姿勢は、課題の分離と相性がよいと言えます。相手の反応に一喜一憂する前に、まず眺めて、何が起きているのかを言葉にする。観察は、評価の渦から半歩外に出る方法でもあります。会話の後に「相手はどんな表情だったか」「自分は何に引っかかったか」を二行だけメモする習慣は、この延長として試せます。
近松門左衛門の「義理と人情」:板挟みを見える形にする
もう一人、近松門左衛門です。『曾根崎心中』は元禄16年(1703年)5月に大坂の竹本座で初演された人形浄瑠璃で、同年4月に曾根崎天神の森で起きた心中事件を題材にしています(コトバンク)。筋では、手代の徳兵衛が、主人の姪との縁談を断るための金を騙し取られ、遊女お初とともに追い詰められていきます。金銭と義理が絡み合う構図です。
義理(立場上の責任)と人情(個人の感情)が衝突して身動きが取れなくなる姿は、「嫌われたくない」という悩みの古い形ともいえます。ここで読み取れるのは、板挟みの苦しさは、何が誰の課題なのかが混ざったときに強まる、ということです。登場人物は選択肢を持てないほど、責任と感情が絡まっていきます。読み手にできるのは、舞台を観るように、絡まりを一本ずつほどいて見ることです。
今日からの小さな実践
最後に、3つの壁に対応した実践を3つにまとめます。
- 判断の前に「自分は何を望んでいるか」を一言で書く(壁1)
- 悩みごとに「これは誰が結果を引き受ける課題か」を書き分ける(壁2)
- 一日に一つ、相手の役に立つ小さな行動をする(壁3)
どれも数分でできます。嫌われないための技術ではなく、嫌われる可能性を抱えたまま、自分の関わり方を選ぶための足場として使ってみてください。
参考にした公開資料
- 国立国会図書館サーチ「アルフレッド・アドラー」書誌情報
- ダイヤモンド・オンライン『嫌われる勇気』関連記事
- ITmedia ビジネスオンライン「アドラー心理学」解説
- ダ・ヴィンチWeb『枕草子』紹介記事
- コトバンク「曾根崎心中」