能楽の本を開くと、世阿弥の名前はよく出てきますが、その娘婿である金春禅竹(こんぱる ぜんちく)は少し影が薄いかもしれません。この記事を読むと、辞典で確かめられる禅竹の人物像と「翁(おきな)」をめぐる思想の輪郭、そして難しい古典の理論を現代に引き寄せるときの3つの注意点が分かります。

禅竹はどんな人物か

複数の辞典を並べると、基本的な事実は次のように重なります。

  • 生まれは応永12年(1405)。没年は資料によって幅があり、『精選版 日本国語大辞典』は「応仁二~文明三年(一四六八‐七一)の間」、『改訂新版 世界大百科事典』は「1405-70ころ」とします。つまり、亡くなった年ははっきりしていません。
  • 世阿弥の女婿(娘婿)で、世阿弥から伝授を受けたとされます。『世界大百科事典』は、岳父の世阿弥に教導を仰ぐことが多かったと説明します。
  • 能楽論の著作として、『六輪一露之記』『五音三曲集』『歌舞髄脳記』『至道要抄』『明宿集』などが挙げられています。作品では「芭蕉」「定家」などが知られます。

出典:コトバンク「金春禅竹」(デジタル大辞泉、精選版 日本国語大辞典、改訂新版 世界大百科事典ほか)

所属した金春座は、大和猿楽四座の一つで、もとは円満井(えまい)座と呼ばれました。『精選版 日本国語大辞典』は秦河勝を祖、秦氏安を中興とする伝えを記し、『旺文社日本史事典』は室町時代に禅竹が中興したと書きます。伝承と、辞典による評価が並んでいる点に注意が要ります。

出典:コトバンク「金春座」

辞典は禅竹の思想をどう評しているか

禅竹の理論の特徴について、辞典の評価はおおむね一致しています。

  • 『精選版 日本国語大辞典』:歌学、仏教の影響が強くみられる。
  • 『改訂新版 世界大百科事典』:仏教的な哲理や歌論を借りて、能の本質を説明しようとしている点に特色がある。理論面では難解で脆弱さもあるとも評される。
  • 『日本大百科全書(ニッポニカ)』:世阿弥の理論を哲学的、仏教的に深め、歌道との合一を説く。ただし抽象論に傾いている。

同じ人物を、深めた人としても、抽象に傾いた人としても評している。ここが禅竹を読むうえでの出発点になります。

「翁」を芸能の神とみなす考え方

禅竹の著作のうち『明宿集』は、翁という存在を論じた伝書です。法政大学の研究者による論文では、翁猿楽に登場する翁そのものを芸能神・宿神として位置づけ、さまざまな神仏を翁と一体であると論じる書だと紹介されています。

『精選版 日本国語大辞典』の「宿神」の項は、『明宿集』(1465頃)から次の一節を引いています。

「翁を宿神と申たてまつること、かの住吉の御示現に符合せり。〈略〉三光すなわち式三番にてましませば、日月星宿の儀をもて宿神と号したてまつる」

引用部分からは、翁が太陽・月・星(三光)になぞらえられ、その舞の式三番と結びつけられていることが読み取れます。

また、法政大学能楽研究所の案内には、禅竹筆の『明宿集』が展示品として挙がり、研究者の発表題目に「金春禅竹の交流圏と翁論―『明宿集』を通して―」とあります。禅竹の翁論は、現在も研究の対象になっている主題だと分かります。

出典:コトバンク「宿神」/法政大学能楽研究所の企画案内/高橋悠介氏の論文(法政大学能楽研究所)

古典の理論を現代に引き寄せる3つの注意点

ここから先は、上で確かめた事実を踏まえた読み方の提案です。

  1. 「効く」と言い切らない。 辞典が確かめているのは、禅竹が仏教や歌論を借りて能の本質を説明しようとしたことまでです。現代の組織運営やリーダーシップにそのまま当てはまる、という根拠は辞典にはありません。「発想のヒントとして読む」くらいが誠実な距離です。
  2. 抽象の高さを意識する。 辞典が抽象論に傾いたと評するように、禅竹の言葉は具体的な手順に落ちていません。借りるなら、自分の場面に合わせて言い換える作業が必要です。
  3. 諸説あることは諸説のまま持つ。 没年一つとっても幅があります。年号や由来を一つに決めて覚えるより、「幅がある」と覚えておくほうが後で崩れません。

まとめ

禅竹は、世阿弥の理論を仏教や歌論の語彙で深めようとした人物であり、『明宿集』では翁を芸能の神として論じました。辞典はその意欲と抽象性の両方を指摘しています。難しい古典は、分かった気にならず、確かめられる範囲と自分の解釈を分けて持つことが、最初の一歩になりそうです。