「大手銀行がChatGPTとClaudeに取引を任せたら、人間を76%の確率で上回った」。こんな見出しを見かけて、自分の投資にも関係するのか気になった方は多いはずです。

この記事を読むと、次の3点がわかります。

  • 76%という数字が、どんな実験から出てきたのか
  • AIが「何を買うか」ではなく「いくら賭けるか」で苦戦した理由
  • AI時代の個人投資家が、持ち帰れる具体的なリスク管理の視点

結論を先に書くと、この話題の核心は「AIが勝った」ことではなく、「AIが勝っても、賭け金の決め方には致命的な弱点が残った」ことにあります。

話題の元は「銀行の実取引」ではない

まず、よくある誤解を整理します。冒頭の見出しは、2つの別々のニュースが混ざったものです。

1つ目は、ミュンヘンのネット証券Scalable Capitalの発表です。同社は2026年8月25日ごろ、ChatGPT・Claude・Grokといった外部のAIアシスタントから口座を操作できる「Agentic Investing」を始めました。接続にはMCP(Model Context Protocol)という仕組みを使います。報道によれば、AIにできるのは取引の実行、積立プランの設定、ウォッチリスト管理、価格アラートの設定です。入出金はできず、注文は利用者が毎回承認する設計とされています(Fortune)。同社は顧客100万人超、預かり資産600億ユーロ超と報じられています。

2つ目は、米国の資産運用会社Elm Wealthが2026年6月17日に公開した研究です(Elm Wealth)。76%という数字はこちらの結果であり、Scalable Capitalの実取引から出た数字ではありません。

つまり「銀行がAIに顧客の取引を任せて、76%勝った」という事実は確認できません。実際には、「口座をAIにつなげる仕組みが始まった」ことと、「AIが模擬ゲームで人間に勝ち越した」ことが、別々にあっただけです。

76%が出たゲームの中身

Elm Wealthが使ったのは「Crystal Ball Challenge」というゲームです。公開資料によると、設計は次のとおりです。

  • 参加者はウォール・ストリート・ジャーナルの1面(相場の値動きは黒塗り)を、掲載の前日に見られる
  • S&P500と30年国債を、レバレッジ付きで買い・売りできる
  • 2008年から2022年まで、1年ごとの15ラウンドを遊ぶ

もとは金融の訓練を受けた120人の成人で試され、今ではオンラインで約6万人が遊んでいます。今回はこのゲームにClaude、ChatGPT、Gemini、Grokが挑み、各AIは100万ドルの元手で10ラウンドを戦いました。約200セッションのうち、人間のプレイヤーより高い成績で終えた割合は次のとおりです。

  • Claude:76%
  • ChatGPT:63%(レート制限のためセッション数は少なめ)
  • Grok:51%
  • Gemini:43%

ここで見落とせない点が2つあります。

1つ目は、これが模擬ゲームだということです。Elm Wealth自身が「AIの成績は実際の市場でリターンを出せる力を示すものではない」と注意書きを付けています。

2つ目は、サンプルの小ささです。各モデルは10ラウンドしか戦っていません。「Claudeが強い」と断定するより、「このゲームでは、Claudeが比較的よい成績だった」と受け取るのが妥当です。

AIは「何に」ではなく「いくら」で失敗した

この研究でいちばん示唆に富むのは、勝率の裏側にある弱点です。Fortuneの報道によれば、研究者はAIが「何に投資するか」を選ぶ力は比較的高く、「いくら投資するか」を決める力は低いと整理しています。

Elm Wealthの記事には、具体的な数字も出ています。AIの株式への賭け金は、元手に対する平均倍率で、ChatGPTが6.9倍、Claudeが10.8倍、Geminiが11.7倍、Grokが11.9倍でした。著者らは「すべてのAIが、ポジションサイズに関して攻めすぎていた」と結論づけています。日々の値動きのぶれは20〜40%に達し、著者らが適切と見る7.5〜15%の範囲を大きく超えていました。

なお、人間側も賭け金の扱いは得意ではありません。人間同士が競う形式では、平均で約30倍の総レバレッジを使い、プレイヤーの10%が上限いっぱいまで賭けていました。「AIだけが無謀」という話ではなく、「AIも人間も、賭け金の設計でつまずきやすい」というのが実像です。

研究者はFortuneの取材に、AIは損失を出し得る水準のリスクを取っていたと述べています。また、AIはケリー基準のような賭け金の理論を知識としては説明できるのに、模擬取引で適用するのは苦手だったとも報じられています。

「当たる」と「残る」は別の問題

なぜ賭け金がこれほど重要なのでしょうか。投資では、方向を当てることと、お金が残ることは別問題だからです。

たとえば、勝率が高くても、1回の負けで元手の大半を失う賭け方をしていれば、いつか退場します。逆に、勝率が5割台でも、1回あたりの賭け金を抑えていれば、運が悪い時期を生き延びられます。

ケリー基準は、この「最適な賭け金の割合」を求める考え方です。ただし、実際の相場では勝率や配当を正確に知ることはできません。入力が不確かなまま理論どおりに賭けると、過大な賭け金になりがちです。だからこそ、現場では理論値より控えめに賭ける運用が好まれます。

Elm Wealthの記事でも、同社の著書の考え方を読ませるとAIの賭け金が改善した一方で、今度は少し保守的になりすぎた可能性があると触れられています。AIの出力は、与える指示や参考資料で大きく変わるということです。

個人投資家が持ち帰れる3つの視点

では、AIに口座を操作させられる時代に、個人は何を意識すべきでしょうか。公開資料から導ける実務的な視点を3つ挙げます。

1. 上限をAIの外に置く

AIが提案する賭け金を、そのまま受け入れないことです。1銘柄あたりの上限比率や、1回の取引で許容する損失額を、あらかじめ自分で決めておきます。Scalable Capitalの仕組みも、注文ごとに利用者の承認が必要です。承認の場面を「ただ押す作業」にせず、金額を確認する関門として使えます。

2. 「何を」と「いくら」を分けて聞く

AIに相談するときも、2つの質問を分けると見通しがよくなります。「どの銘柄・資産が候補か」と、「資産全体のうち何割までなら許容できるか」です。研究結果が示すように、前者の分析は得意でも、後者の判断は人間側が握っておくほうが安全です。

3. 模擬ゲームの数字を実力と読まない

76%は、あくまで特定のゲームで、小さなサンプルから出た数字です。AIの宣伝や記事の見出しで勝率が強調されていたら、「模擬か実取引か」「期間とサンプル数はどれくらいか」「損失の最大幅は示されているか」を確かめる習慣が役立ちます。

まとめ

「AIが人間のトレーダーに76%勝った」という話題は、銀行の実取引の成績ではなく、Elm Wealthの模擬ゲームの結果でした。そしてその研究が本当に伝えていたのは、AIの強さよりも、賭け金の決め方という弱点のほうです。

AIを投資に使う時代に問われるのは、AIに任せる範囲ではなく、人間が握っておくべき範囲です。何を買うかの材料集めはAIに助けてもらい、いくら賭けるかの上限は自分で決める。この分担が、現時点の公開資料から引き出せる、いちばん現実的な答えです。

※本記事は投資助言ではありません。出典はElm Wealthの研究記事とFortuneの報道です。