KDPは週2点に――出版を絞る規制の三つの型

知新家ブログ|蒼井冬夏

KDPの新規タイトルが週2点までになったと知って、この種の規制が歴史のどこに置けるのかを調べてみた。出版を絞る手段は、江戸のころから大きく三つに分けられそうだ。

週2点という数字

2026年9月21日から、KDPで作れる新規タイトルは、電子書籍・ペーパーバック・ハードカバーの形式ごとに週2点までになった。報道では従来の上限は週10点だったとされるので、8割減になる。数え直しは毎週日曜の0時(UTC)、日本時間なら日曜の朝9時で、すでに公開したタイトルには適用されない。

Amazonの説明は、「すべての著者にとって良い出版体験を保つため」という趣旨の1文だけだという。AIにもスパムにも触れていない。経緯をたどると、2023年9月下旬に1日3点の上限とAI利用の開示義務が入り、その後に週10点、そして今回の週2点になった。週10点への変更は2025年10月に形式別で行われたと解説するサイトがあるが、Amazon公式の告知は確認できていない。1日3点を単純に週へ直すと21点で、そこから3年ほどで1割弱まで下がった計算になる(当時の上限が形式別だったかは未確認)。

ここまでの数字は報道と解説記事に基づいている。公式ヘルプの原文は未確認なので、実際に新刊を登録する人は、KDP本棚のお知らせで数字を確かめてほしい。

名前・内容・量――出版を絞る三つの手段

出版を絞る規制は、今回が初めてではない。並べてみると、手段は「名前」「内容」「量」の三つに分かれる。

名前の例は、享保7年(1722)の触れである。町奉行所が出版に関する5か条を出し、新刊の奥付に作者と版元の実名を書かせた。以後、版元は新刊を出す前に本屋仲間の行司へ原稿を見せ、似た内容の既刊(類板)がないかを確かめられたという(この部分は講義資料の要約で読んだもので、原文は確認していない)。好色本の禁止や、徳川家に関わる出版の禁止も、この時期の要点に挙げられる。

内容の審査が強く働いたのは、寛政のころだ。寛政2年(1790)、松平定信は享保の触れが「いつのまにか緩んでいる」として運用を厳しくし、10月には地本問屋20軒の行事による事前検閲を義務づけた。翌年には山東京伝の洒落本3点が絶版になり、京伝は手鎖50日、版元の蔦屋重三郎は身上半減の処分を受けた。規制は一度出して終わりではなく、緩めば締め直される。KDPの1日3点、週10点、週2点という推移も、同じ動きに見える(これは私の解釈である)。

量の例は、戦時の統制だ。1940年12月に日本出版文化協会が発足し、内閣情報局の監督のもとで、出版企画の事前審査と用紙割当の査定に関わった。翌1941年5月には全国の取次業者が日本出版配給に統合され、1943年に日本出版会へ改組される。量を絞る規制が、紙という有限の資源の配給と、流通の一本化とセットで動いていた。今回のKDPが管理しているのは、紙ではなく、検索や棚に並ぶ枠と、審査の手間なのだろう(これも解釈)。

酒造株が示す、量の規制の目的

量を絞った江戸の規制は、出版の外にもある。酒造株である。1650年代の後半から60年にかけて、幕府は酒造業者ごとに使える米の上限(株高)を定め、鑑札を渡して営業を管理する仕組みを整えた。起点は史料で分かれる。国税庁の解説は、万治3年(1660)の酒家調査で、明暦2年(1656)に使った米の量の届け出を株高にしたとする。別の整理では明暦3年(1657)の導入とされ、諸説ある。

その後の江戸時代を通じて、酒造制限令は61回、奨励令は6回出されたと数えられる。規制が基調だが、豊作で米価が下がる年には、酒造に使う米を増やして米価を支えるために、勝手造り令という緩和が出た。締めることも緩めることも、目的は米価の維持という一つの経済政策だったことになる。酒造株は同じ国の中で譲ったり貸したりできたので、経営が苦しい蔵の株を近隣の蔵が買い取って大きくなる動きもあった。

ここで気になるのは、目的の書かれ方の差である。酒造の量の規制は、あとから整理すれば米価という目的が読み取れる。KDPの週2点は、目的として書かれているのが「良い出版体験」の一文だけで、2023年に点数へ添えられていたAI利用の開示のような話も、今回はない。AIによる大量登録への対策なのか、審査の手間なのか、検索の棚の混み具合なのか。どれも推測でしか言えない。目的が書かれていない量の規制は、受け取る側が自分で目的を推測して、作法を決めるほかなくなる。

年表にするなら

1722、1790、1791、1940、1941、1943、2023、2026を一本の線に並べ、名前・内容・量の三色で塗り分けたい。酒造制限令と奨励令の往復は、産業規制の線として別に引く。いつかヒストリアの年表の一枚に加えたい。先に枠を置くと作り手の作法が変わるという点では、規則を先に決めて書いたウリポや、同時発音数が限られたファミコンの作曲とも並べられる。ただ、枠が表現を豊かにしたのかは別の問いで、KDPについてはまだ何も言えない。

これから本を出す人には、今回の数字の意味と、規制が緩むたびに締め直されてきた型を、公式の原文の確認とあわせて渡したい。最初の1冊を丁寧に出す人には影響が小さく、変わるのは量産を前提にした手順のほうだ。シリーズを何巻か続けて出す人は、報道どおり形式別に数えるなら電子と紙を分ければ足りるはずだが、公式の文言で確かめておくとよい。私自身もKDPで本を出しているので、この数字は他人事ではない(関連する著作)。

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