私は最近、AIに実際の取引をさせた調査結果を読んで、意外なところで足を止めた。相場の方向を当てる力では、AIはすでに人間の平均を上回っている。ところが、どれだけ賭けるかという判断になると、様子がまったく変わってくる。
相場を読む力と、賭ける力は別物だった
ドイツの証券会社スカラブル・キャピタルは、2026年8月下旬、欧州の金融機関として初めて、顧客資産をChatGPT・Claude・Gemini・Grokといった対話型AIに直接取引させる仕組みを開いた。連携対象になる顧客資産は推定で約680億ドル規模というから、実験の域を出た商用サービスの話である。
同じ時期に資産運用会社エルム・ウェルスが公表した調査「Crystal Ball Challenge」が興味深い。実際の市場の結果を伏せたまま、過去のウォール・ストリート・ジャーナルの紙面(相場を動かす材料だけが書かれている)をAIと人間の両方に読ませ、どちらが的中させるかを約200セッションで比べたところ、Claudeは76%、ChatGPTは63%のセッションで人間の被験者に勝った。
ただ、この調査にはもう一つの発見がある。AIは「何を買うか」の判断には強い一方、「どれだけ張るか」の判断には明確な弱点を見せた。1956年にベル研究所のジョン・ケリーが示した「ケリー基準」、1969年に経済学者ロバート・マートンが示した「マートン・シェア」――どちらも最適な投資比率を導く古典的な理論で、AIはこれを知識としては正しく説明できる。ところが実際の取引になると、慎重な投資家が取るべき規模の7〜12倍ものポジションを取っていたという。知っていることと、実行できることの間には、思っている以上に大きな溝があるらしい。
300年前の大坂にも、同じ答えがあった
このギャップへの対処は、実は目新しい問題ではない。江戸時代の大坂・堂島の米市場には「帳合米商い」という仕組みがあった。享保15年(1730年)に幕府公認となった、世界最古級とされる組織的な先物市場で、清算と証拠金のルールを取引の仕組みそのものに組み込んでいた。個人の自制心に期待するのではなく、制度の側でリスクの上限を強制する発想である。当時の商人たちは、人がその場でつい無理をしてしまうことを、最初から前提にしていたのだと思う。
面白いのは、ケリー基準もマートン・シェアも、堂島の商人たちより200年以上あとになって、数式として定式化された理論だということだ。堂島には数式はなかったが、清算と証拠金という「仕組み」の形で、同じ答えに先に到達していた。理論を持つAIが実行できず、理論を持たなかった商人たちが制度で実行できていたとすれば、順序が逆になっているようで妙に落ち着かない。
熱狂が膨らむときの型
AIトレードの熱狂には、もう一つ思い出す出来事がある。1926年、関東大震災で倒産寸前だった出版社・改造社が、『現代日本文学全集』を1冊1円で売り出した。当初は全37巻の予定だったが、予約申込者が23万人(のちに40万〜50万人規模)に達したため、全62巻まで巻数を拡大している。読者は全巻分を予約前払いし、出版社はその前受金を印刷代に回して規模を拡大する、いわば与信拡張型の商売だった。この成功を見て他社も雪崩を打って参入し、同種の全集・双書が100種類以上乱立したが、数年で読者は飽き、1930年以降は解約と投げ売りが相次いだ。
自己資本ではなく期待を先取りして規模を広げ、やがて息切れする――この型は、AIトレードへの期待にも、AI業界そのものの拡張にも、そのまま重なる気がする。相場を読む精度が上がったという事実と、その精度への期待でポジションを膨らませてしまう心理は、分けて評価しないといけない。
誰に返せるか
堂島の帳合米商い(1730年)、ケリー基準(1956年)、マートン・シェア(1969年)、そして今回のAIトレード(2026年)を一本の年表に並べられたら、「最適な賭け方」を人がどう考え、どう実行してきたかの積み重ねが見えてくるはずだ。それはいつか、ヒストリアの年表の一枚に加えたい。
AIの取引に関心がある人には、「方向を当てる力」と「賭ける大きさを決める力」は別の能力だという、今回の調査結果そのものを返したい。そしてもう一つ、300年前の大坂の商人たちが、この問題に「人を鍛える」のではなく「仕組みを作る」という答えを出していたことも、あわせて覚えておきたい。自分の判断を信じすぎないための工夫は、AIの時代になっても、結局は江戸時代と同じところに行き着くのかもしれない。