廃藩置県に学ぶ、AI普及に足りない一手

知新家ブログ|蒼井冬夏

261の藩が数か月で消えた日

1871年7月14日、明治政府は261の藩を廃止し、府県に一本化した。廃藩置県である。黒船来航からわずか18年、260年以上続いた幕藩体制という仕組みが根こそぎ組み替えられたことになる。準備は薩摩・長州出身の少数の実力者による秘密協議で進み、三条実美の指揮のもと、旧藩主の借金は政府が肩代わりし、身分と収入も保障したうえで東京へ集住させる、という具体的な取引がセットになっていた。261の当事者が実力で抵抗しなかったのは、圧力に屈したからというより、変化の痛みを誰が引き受けるかがはっきりしていたからだと思う。

外圧はあるのに動けない令和

一方、今年公表された総務省の情報通信白書によると、日本の個人の生成AI利用率は26.7%。中国81.2%、米国68.8%、ドイツ59.2%と比べると差は大きい。中国の急伸という外からの圧力は誰の目にも見えているのに、普及は進んでいない。理由として、リスク回避や集団調和を重んじる国民性、ルールが明文化されないと動きにくい土壌がよく挙げられる。ただ、それだけではない気がする。廃藩置県が機能した理由を見返すと、足りないのは危機感ではなく、「新しいものに乗り換えるときの痛みを誰が肩代わりするか」という設計そのものではないか。

温故知新という言葉自体が方法論だった

温故知新の出典は論語・為政篇だが、この言葉を近代日本で「過去の成功と失敗を検証し、今に適用する方法論」として読み替えたのは、明治の啓蒙思想家・西周だった。西は同じ時期に「哲学」「主観」「客観」といった翻訳語も大量に作った人物で、廃藩置県が制度を作り替えたのと同じ時代に、言葉そのものを作り替える仕事もしていたことになる。過去を調べ直すことは懐古ではなく、今の設計図を描き直すための作業だ、という発想は、そのままAI政策論にも使える。危機感を煽る前に、廃藩置県の「借金肩代わり+身分保障」に相当する、乗り換えコストの肩代わり策を具体的に考える方が先ではないだろうか。

誰に返せるか

郷土史の担い手不足を調べていたときにも、似た構図に気づいた。担い手が減っている理由は関心の低下だけでなく、記録を残す仕事に見合う支えがないことも大きい。制度でも技術でも、変わるべきときに変われないのは、たいてい「変わったあとの生活」が保障されていないからだ。AIの導入を迷っている職場の人にも、地域の記録を残す担い手不足に悩む人にも、共通して渡せる視点だと思う。危機感ではなく、移行コストを誰がどう引き受けるかを先に決めること。

関連する著作にも、こうした制度転換をテーマにした地経学の巻がある。

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