この記事でわかること

「本を読んでも、なかなか自分が変わった実感がない」——そう感じたことはないでしょうか。経済思想家の斎藤幸平氏は、東洋経済オンラインのインタビューで、たった一冊の本との出会いが人生を根底から覆すことがあると語っています。この記事では、『武士道』の精神論に惹かれていた高校生がマルクスの『ドイツ・イデオロギー』一冊で世界観を転換させた経緯をたどり、読書を「血肉」に変える条件を整理します。

精神論の世界に生きていた高校時代

斎藤幸平氏は1987年生まれ、東京都出身。芝高等学校在学中はサッカー部の活動に打ち込んでおり、読書習慣自体はさほどなかったとされています(東洋経済オンライン)。それでも心を動かされた本の一つが、新渡戸稲造の『武士道』だったといいます。

『武士道』は、日本人の道徳観を欧米に紹介する目的で新渡戸が英文で著した古典で、義・勇・仁・礼といった徳目を軸に人の生き方を語る、いわば精神論の書です。10代の斎藤氏は、この精神論的な世界観を通じて物事を理解しようとしていたとされています。

『ドイツ・イデオロギー』との出会いが覆したもの

その世界観を根底から覆したのが、マルクスとエンゲルスの共著『ドイツ・イデオロギー』でした。斎藤氏は同インタビューで「たった1冊の本で人は激変する」と明言しており、この一冊との出会いが、精神論で世界を捉える態度から、社会構造そのものを分析的に読み解く態度への転換点になったと語っています(東洋経済オンライン)。

『武士道』が「個人がどう徳を身につけるか」を説く書物だとすれば、『ドイツ・イデオロギー』は「個人の意識や道徳観そのものが、その人が置かれた社会的・経済的な条件によって形作られる」という視点を提示する書物です。精神論では見えなかった、意識の外側にある構造に目を向けさせられたことが、斎藤氏にとっての「激変」だったと考えられます。

一冊の経験を、次の一冊へつなげる

この読書体験は、斎藤氏の新著『血肉となる読書』のテーマとも重なります(東洋経済オンライン)。斎藤氏はその後、東京大学に進学するもののわずか3か月で中退し、フリーマン奨学金を得て米ウェズリアン大学に進学、2012年にドイツのベルリン自由大学大学院哲学研究科修士課程を修了、2015年にはフンボルト大学大学院で博士課程を修了しています。マルクスの草稿研究をまとめた『大洪水の前に』では、日本人として初めて、かつ歴代最年少でドイッチャー記念賞を受賞し、2021年には『人新世の「資本論」』で新書大賞を受賞するなど、マルクス研究を軸に経済思想家としての道を歩んでいます(Wikipedia「斎藤幸平」)。

高校時代に読書習慣すらなかった人物が、一冊の本をきっかけにキャリアの方向を丸ごと変え、最終的にはその領域で世界的な評価を受けるところまで辿り着いた——という点に、この逸話の重みがあります。単に「感動した」で終わらず、その衝撃を出発点に長い年月をかけて専門知識を積み上げていったことが、一時の読書体験を人生の転換点にまで押し上げたと言えるでしょう。

読書を「血肉」にするために

この経験から見えてくるのは、読書が人を変えるかどうかは、冊数や速さではなく「自分がすでに持っている枠組みを揺さぶられたかどうか」で決まる、という点です。同じ意見を補強する本を何冊読んでも、世界の見え方はあまり変わりません。むしろ、自分がこれまで頼ってきた前提そのものに疑問符を突きつけてくる一冊のほうが、後になって記憶に残り、考え方の土台を変えていきます。

本を選ぶとき「読みやすさ」や「共感できるか」だけを基準にすると、こうした一冊には出会いにくくなります。時には、自分の価値観と正面から噛み合わない本をあえて手に取ってみることも、後から振り返れば大きな転換点になるのかもしれません。

具体的には、読んでいて「素直に頷けない」「反発を感じる」箇所こそ、後で読み返す価値がある部分だと捉えてみることです。共感できた箇所より、引っかかった箇所のほうを書き留めておくと、その本が自分の何を揺さぶったのかが後から見えてきます。斎藤氏の場合、それが高校時代に出会った一冊の哲学書であり、その引っかかりを何年もかけて研究として掘り下げていったことが、結果として専門分野そのものを切り拓く原動力になりました。

本棚に並んだ本のうち、今の自分の考え方を素直に肯定してくれる本ばかりが増えていないか。たまにはそんな視点で、次に手に取る一冊を選んでみてもよさそうです。