この記事でわかること
組織を変えようとするとき、多くの人はまず「気合」や「号令」に頼りがちです。しかし江戸時代前期、会津藩の初代藩主・保科正之は違うやり方を選びました。人の感情や忠誠心に訴えるのではなく、制度そのものを作り替えることで社会を動かしたのです。この記事では、保科正之が実際に手がけた3つの改革を通して、「感情」に頼らず「仕組み」で変化を起こすとはどういうことかを整理します。
将軍の落胤から、幕政の後見役へ
保科正之(1611〜1673)は、2代将軍・徳川秀忠の四男として生まれましたが、正室・江の目を憚って公には認知されず、7歳で信濃高遠藩主・保科正光の養子に出されました。異母兄にあたる3代将軍・徳川家光に見出されて重用され、1643年には陸奥会津23万石の藩主となります。
1651年、家光は臨終の床に正之を呼び「肥後よ、宗家を頼みおく」と遺言したと伝えられており、これを受けて正之は11歳で将軍となった4代・徳川家綱の後見役(大政参与)として、23年間にわたり幕政を支え続けました(Wikipedia「保科正之」)。この間、一度も会津へ戻らなかったとされています。
正之が幕政を担った時代は、江戸幕府がまだ「力」で秩序を保っていた時代から、「制度」で秩序を保つ時代への転換点でした。ここからは、その転換を象徴する3つの改革を見ていきます。
改革1:殉死禁止——忠誠心を「制度」で置き換える
江戸時代前期まで、主君が亡くなると家臣が後を追って自害する「殉死」が武家社会の美徳とされていました。しかしこれは、有能な家臣が代替わりのたびに失われることを意味し、組織の継続性という観点では大きな損失でもありました。
正之は会津藩内でいち早く殉死を禁じ、幕府もその後1663年に殉死禁止を正式な方針として発令したとされています(Wikipedia「保科正之」)。忠誠心という感情に訴える文化を、制度によって上書きしたわけです。「主君への忠義は死をもって示すもの」という価値観そのものを変えるのではなく、死を選ばなくても忠義が成立する仕組みを外側から用意した、という見方もできます。
改革2:明暦の大火からの復興——危機対応を仕組み化する
1657年、江戸の大半を焼いた明暦の大火が発生した際、正之は幕府の備蓄米や金を放出して被災者を救済し、延焼を防ぐための広小路や火除地の新設を主導したとされています(Wikipedia「保科正之」)。
注目したいのは、これが単発の炊き出しや義援金では終わらなかった点です。延焼を防ぐ空間そのものを都市計画として組み込むという発想は、「次の火事が起きたときにも機能する仕組み」を残そうとする姿勢の表れだと言えます。危機のさなかにこそ、場当たりの対応ではなく再現可能な仕組みを設計する視点が試されるということを、この事例は示しています。
改革3:社倉制と養老扶持——福祉を制度として設計する
会津藩内での改革として特に知られているのが、1655年に創設した「社倉制」です。飢饉に備えて米を備蓄する制度で、当初7千俵余りだった備蓄米は10年後には2万3千俵に達し、幕末には10万俵規模まで拡充されたと伝えられています。この備えにより、江戸時代を通じて各地を襲った天明・天保の大飢饉の際にも、会津藩では餓死者を一人も出さなかったとされています(医薬経済オンライン)。
さらに1663年からは、身分を問わず90歳以上の高齢者に一日玄米5合を生涯支給する制度を始めており、これは日本における年金制度の始まりの一つとされています(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。この養老扶持は、後に幕府が全国的な養老扶持の廃止を通達した1844年以降も、会津藩では独自に継続されたと記録されています(同上)。
福祉を「その場の温情」ではなく、財源と対象者の基準を定めた制度として設計した点が、社倉制と養老扶持に共通する特徴です。
3つの改革に共通する視点
殉死禁止、防災の都市計画、社倉制と養老扶持。この3つに共通しているのは、いずれも「善意」や「気合」で終わらせず、継続的に機能する仕組みへ落とし込んでいる点です。
組織やチームを変えようとするとき、私たちはつい「意識を変えよう」「もっと頑張ろう」という呼びかけに頼りがちです。しかし保科正之の改革が示しているのは、価値観そのものを説得しようとするより、価値観がなくても回る仕組みを作るほうが、変化を長く定着させやすいという考え方です。感情に訴える改革は熱が冷めれば元に戻りますが、制度に組み込まれた改革は、担当者が変わっても機能し続けます。
まとめ
保科正之は、将軍の後見役という重責を担いながら、忠誠・防災・福祉という異なる領域で、共通して「制度による解決」を選び続けた人物でした。感情や気合に頼らず、仕組みで人と社会を動かすという発想は、350年以上経った今も、組織運営を考えるうえでのひとつの手がかりになりそうです。