この記事を読むと得られること
スーパーやネット通販で欲しいものがすぐ手に入るのは、当たり前のようでいて、実はかなり新しい状態です。この仕組みが今の形に落ち着くまでに、日本は千年以上かけて「一方通行の貢納」から「全国をつなぐ市場」へと流通のかたちを変えてきました。この記事を読むと、その変化がどんな段階を経て起きたのかを一気につかめます。読み終えたあと、身の回りの「モノが届く」という当たり前の裏に、長い歴史の積み重ねがあることが見えてきます。
古代:荘園は「都へ運ぶ」ための仕組みだった
日本の土地・流通制度の出発点は、律令国家が定めた租・庸・調です。米や布、特産物を都へ運ぶ、国家管理の貢納が経済の基本でした。
この仕組みが大きく動いたのが743年(天平15年)、聖武天皇の勅により出された墾田永年私財法です。それまでの三世一身法では開墾した土地の私有が一定期間に限られていましたが、この法で開墾地の永久私有が認められました。これをきっかけに貴族や寺社が土地の開墾に力を入れるようになり、荘園が各地に広がっていきます(Wikipedia「墾田永年私財法」)。
この段階での「流通」は、今のような自由な売買ではありません。荘園領主が年貢や特産物を都へ集める、一方向の回路が中心でした。誰かが欲しいものを選んで買うのではなく、決まった相手に決まったものを送るための仕組みだった、というのが古代流通の特徴です。
中世:座という特権が地方経済を支えた
平安末期から室町にかけて、地方には定期的に開かれる市が生まれ、そこでの取引を特定の商人集団が独占的に担うようになります。これが「座」と呼ばれる同業者組合です。座に属する商人は、決められた場所・品目の取引を独占できる代わりに、税や労役を領主や寺社に納める関係にありました。
この仕組みは、地方に「モノを扱う専門家」を育てる役割を果たした一方で、参入できる商人が限られるため、取引全体としては閉じた構造でした。誰でも自由に商いに参入できる状態ではなかった、という点が次の変化への伏線になります。
戦国:楽市楽座が商業の扉を開いた
その座の特権を崩したのが、織田信長による「楽市楽座」です。信長は永禄10年(1567年)、居城とした岐阜城下そばの加納の市場に楽市・楽座の制札を掲げました。内容は、市場に出入りする商人の領国内通行を自由にし、店舗ごとの税を禁じ、それまで取引を仕切っていた座商人の特権を排して自由な売買を認めるというものです(じっくり歴史クラブ「楽市楽座」、攻城団ブログ「楽市楽座とはなんだったのか」)。
楽市楽座そのものは信長の発明ではなく、文献上確認できる最初の例は1549年、六角定頼による近江国石寺新市とされています。ただし、座の廃止まで踏み込んで自由経済を打ち出したのは信長が最初でした。岐阜城下にはこの政策によって全国から商人が集まり、城下町が急速に発展したと伝えられています。この動きは戦国後期から安土桃山時代にかけて、他の大名にも広がっていきました。
「誰でも参入できる」という発想が制度として実装されたのがこの段階で、これが後の全国流通網の土台になります。
江戸:廻船と問屋が全国をつなぐ
江戸時代に入ると、流通の担い手は座から廻船と問屋へ移ります。大坂と江戸の間では、菱垣廻船や樽廻船と呼ばれる輸送船が定期的に行き来し、木綿・砂糖・紙・酒など品目ごとに専門化した問屋(仲買商)のネットワークが、生産地から消費地までを結びました。1700年時点で大坂から江戸へ荷を運ぶ廻船問屋だけで少なくとも24軒が存在していたと伝えられています(Wikipedia "Ton'ya")。樽廻船は特に酒荷の輸送に強く、大坂から江戸へ酒樽を運ぶ専用船として発達しました(Wikipedia "Tarukaisen")。
この流通網の中心にいたのが、江戸・大坂・京都の「三都」です。なかでも大坂は「天下の台所」と呼ばれ、諸大名が年貢米や特産品を運び込む蔵屋敷を構え、商人がそれを全国へ売りさばく物資の集散地となりました。大坂三大市場と呼ばれる堂島の米市場・天満の青物市場・雑喉場の魚市場は、その象徴です(神宗「天下の台所−大坂三大市場」)。淀川・大和川という内陸水路と、大坂市中を縦横に走る堀川が、この物流を支えるインフラになっていました。
貢納として都へ一方向に運ばれていたモノが、座という限られた担い手を経て、江戸時代には廻船と問屋のネットワークによって全国のどこからどこへでも動くようになった。これが、荘園から江戸に至る流通史の骨格です。
今の消費とのつながり
現代の物流やEコマースは、注文すればどこからでもモノが届くのが前提になっています。この「当たり前」は、貢納という一方向の流れ、座という限定的な流れ、楽市楽座による参入自由化、廻船・問屋による全国ネットワーク化という、段階を踏んだ積み重ねの先にあります。
歴史をこう並べて見ると、流通の進化は「規制が徐々に外れ、担い手が広がっていく」プロセスだったことが分かります。目の前に届く荷物の背景には、千年をこえる制度と担い手の変遷があると考えると、日々の買い物の見え方が少し変わってきます。
Sources: - 墾田永年私財法 - Wikipedia - 楽市楽座─信長が仕掛けた戦国の経済革命|じっくり歴史クラブ - 【補講】楽市楽座とはなんだったのか - 攻城団ブログ - Ton'ya - Wikipedia - Tarukaisen - Wikipedia - 船場ものがたり『天下の台所−大坂三大市場』 | 株式会社 神宗