宗教も、国家も、お金も——手に取ることのできない「存在しないもの」を、人類はなぜ当たり前のように信じて共有できるのでしょうか。この記事を読むと、その謎に迫る手がかりを、最新の人類進化研究から得られます。東北大学教授・河田雅圭氏が2026年7月に上梓した『心はどこまで進化したのか』(河出新書)をもとにたどります。
「認知革命」というよく知られた説明
広く知られているのが、歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリが提唱した「認知革命」です。ハラリは、約7万〜3万年前のあいだに人類が「虚構を信じて共有する力」を獲得したと説明します。宗教や国家、貨幣のように現実には存在しない概念を大勢の他人と信じ合えるようになったことで、見知らぬ者同士が協力し、大きな社会を築けるようになった、という説です。
河田教授「心は一夜で変わったのではない」
これに対し河田氏は、象徴的な思考の力はある一瞬の「革命」で生まれたのではなく、長い時間をかけてゆるやかに育った可能性が高いと指摘しているとされています。手がかりはアフリカ各地の考古学的な痕跡です。南アフリカのブロンボス洞窟では幾何学模様が刻まれた約7万年前の石が、モロッコのビズムーン洞窟では貝殻ビーズが約15万年前の地層から見つかっています。接着剤を使った複合ツールや彫刻も、約7万年前ごろから各地に断続的に現れています。
アフリカを出る前に、心はすでに動き始めていた
ホモ・サピエンスは約30万年前にアフリカで誕生し、その一部が約7万〜6万年前にアフリカを離れたとされています。象徴的な思考の力はアフリカを出た「あと」に身につけたものではなく、アフリカの中で約30万〜7万年前のあいだに少しずつ進化していた可能性が高いとみられています。宗教や国家を信じる心の土台は、人類が新天地を求めて旅立つより前に、すでに準備されていたことになります。
なぜ今、この視点が役に立つのか
この研究が示すのは、「虚構を信じる力」が人類にとって特殊な例外ではなく、進化の過程で少しずつ獲得してきた基本的な能力だという見方です。会社や国家、通貨といった目に見えない仕組みを当たり前に受け入れているのは、意志の弱さでも思考停止でもなく、数十万年かけて育ってきた心の働きだと捉え直すと、「なぜかみんな同じ物語を信じている」ことへの見方が少し変わってくるのではないでしょうか。
年代や解釈は今後の発掘・研究で更新されうる、発展途上のテーマです。人類の「心」の旅路は、まだ読み解かれている途中にあります。